変化
2020-04-23
エッセイ
膝を抱えてじっとしていると、
強い孤独を感じます。
外を散歩しているときには、ひとりでも、
他の人を見かけたり、自然をながめたり
していると、少し気が紛れるような気がします。
見ている景色が動くことで、心の中も
変化するということだと思います。
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note更新しました。4月23日のnoteは「わーっと」です。
どうぞよろしくお願いします。
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美術展ナビ
「スペイン人の目、驚きの日本」に掲載されました。
どうぞ、よろしくお願いします。
公園のベンチに毎日1時間座っているだけでも心が和みます。それが今の私の最大の愉しみであるような気がします。
新型コロナ渦中、ゴミ収集のひとが感染の不安を感じながら仕事をしていることがネットに出ていました。私の町では障がいを持つ人の一部の人達がリサイクル事業に関わっています。収集車から降ろされた空きビン、ペットボトル、缶は飲んだまま捨てられたものです。彼らは不器用な手でフタをはずし、ビンを色選別します。栄養ドリンクに着いたフタは金属片が残っていて手にはめた軍手に引っ掛かって困ります。私は「毎日ご苦労さんです」位の感謝と「手洗い消毒きちんとやってよね」という要望を思っていましたが、その記事を見て「もし、飲んだ人が感染していたら、ウィルスは飲み残しの中に溶け込んでいたり、飲み口にも付着しているからマスク、手洗いで防げないかもしれない」と不安になりました。こう表現すると「障害者達は汚い」「感染源だから近寄るな」という意見に繋がると思いますが、「その仕事を誰が代わってくれますか?あなたやってくれますか? それとも国民全員が飲む度に洗剤できちんと洗って捨ててくれますか?」と言われたら何も言えないと思います。
見知らぬ誰かが生活を、命を支えてくれている ことを忘れないでおこうと強く思います。どこかの収集施設では集団感染が起こり、収集業務に支障が出ているとか。今のところ当市では感染例はありません。リサイクル施設の職員、現場で働く人達の例年以上の注意事項の実行努力に頭が下がります。
私も東田さんの散歩風景を見て、
日常を垣間見れて少し気がまぎれました。
このところ窮屈でしたから気持ちが解放されました。(^^)
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