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エッセイ

心が貧しいといわれる人、豊かだといわれる人、

その違いは、どこにあるのかと考えることがあります

心が貧しいといわれる人の心は、本当に貧しいのでしょうか。

言葉にできないだけで、すばらしい感性を持った人もいます。

人は、いつも、見えない心を見ようとします。

見えた気になってしまいます。

「心が貧しい」「心が豊か」

それは、相手の心の中を表しているわけではなく、

相手の心が、そんな風に見えるという自分の心を

表している言葉ではないでしょうか。

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コメント
  • 1:名前:すーさー : 2019/09/09(月)

    こんにちは。
    自分でも分からないのに。
    誰の心も見えないのに。
    時々、壁の向こうから手を差し出して
    握手してもらえたら十分です。
    ありがとうございます。

  • 2:名前:54歳・男 : 2019/09/08(日)

    人の心は見えないけれど感じることはできると思います。人の心をどのように感じるかは人それぞれに違うけれど、相手の心が貧しいと感じる、あるいは豊かだと感じるとき、同じ貧しさ、豊かさが自分の心の中にも潜んでいるのかもしれません。

    • 3:名前:higashida : 2019/09/08(日)

      54歳・男さんへ

      心が感じるものなら、そうなのかもしれません。
      心の謎を解くことは難しいものですね。

      東田直樹

  • 4:名前:ふじ : 2019/09/07(土)

    たしかにそうですね。

    そう見えるのは、自分が相手をそう捉えただけであって、
    必ずしも相手の全てを語っているわけではない。

    …でも、自分が感じた事が、さも正解のように感じてしまうことは、よくあるように思います。

    いつも頭の片隅に置いておきたいことだなと思いました。

    • 5:名前:higashida : 2019/09/08(日)

      ふじさんへ

      心というものは、そんなに簡単に
      決めつけられるものではないと思います。
      誰の心の中にも、善と悪が混在していると思います。

      東田直樹

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